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介護のお仕事の原点

気持ちの奥底にいつもある思いであり、突き動かされて介護の世界に入ったのかな。
私の父の死因は、心筋梗塞でした。
私の結婚が決まって、父はお家の中を模様替えして彼氏の両親を招こうと
重い家具を動かしているときに、激しい痛みを訴え、
救急車で搬送されました。
私は、母からの知らせで電車に飛び乗って
大急ぎで帰ってきたら、父はICUで管だらけになっていました。
私に、
「死んでしまうことがあっても、気にせず、結婚しろ。」
とか、言い出すのです。
その夜は、目が離せない状態だったので、母と二人病院で泊まりました。
翌朝、彼(今は夫)が一番電車で病院にきてくれました。
菓子パンをたくさん持ってきました。
きっと、母も私も何も食べていないだろうと思って、買ってきたと言いました。
父はまたしゃべろうとして、医師に叱られましたが、
彼は、
「お父さんに何があっても、お嫁にきてもらいます。」と言いました。
父はその後、回復して結婚式には参列することができ、
私も、新生活をスタートしました。
子供ができて、初誕生や初節句のお祝いにも父はきてくれました。
私も、それから父は健康をとりもどして、
ずっとずっと、元気いると思い込んでいましたし、
子育てに追われてもいました。
子供が2歳になる、お雛祭りの夜。
母から、「お父さん入院した!」
びっくりしました。
前にも不整脈がでて入院していたとのことでした。
私が心配するから、「言うな!」と知らせてくれなかった。
子供を連れて実家に帰ると、母は暗い部屋でしょんぼりしていました。
父はやっと手術をうける気持ちになって、
手術の順番を待っていました。
最後に会ったのは、平成元年の4月29日です。
子供と一緒にお見舞いに行きました。
父は上機嫌で、孫をみていました。
「本を書くんだ。」
「だから、まだ、死ねないんだ。」
書きかけのノートも見せてくれました。
平成元年5月1日早朝、
「お父さん死んだ。今朝、病院で倒れた。」
2日前まで上機嫌で笑っていたのに。

病院の医師が
「夏に入院したときも、手術を勧めたのですが、、」
母も聞いてなかった。一人で自分の病気を抱え込んで
父は死んでしまったんだ。誰にも文句も言わずに!
今でも相談してもらえなかった自分の不甲斐なさやらが
こみ上げてきます。
母はそれから、父のいなくなった平成を30年間生きて、
今は89歳です。
母が父を失ったときが、今の私と同じ年齢であり、
また、父の命日に、
【令和】という時代が幕を開けます。
私はその後、介護保険制度が制定されることが決まり
平成10年に、訪問介護員(ホームヘルパー)になり、
父のように、病の苦しみを打ち明けられない人。
家族の関わりの弱い人。
誰にとっても、心残りのないお別れを願いました。
平成15年には介護福祉士とケアマネージャを受験し
資格を得ることができました。。ただ、父への思いでこの道を仕事としたと思います。
今も思うのは、もう少し父と過ごす時間が欲しかったと思います。
もっと、人生を共有できたらよかったなと思います。

【令和】の幕開けですです。
新しい時代、続いていく私たちのナラティブ(物語)
次は、どんな時代でしょう。
お父さん、もっと頑張るからね!
天国に神様がいるとしたら、
「娘、ブログ始めたんで!」と言っといてね。

R1年5月31日

 

 

奈良県の五條市でケアマネージャーさんとヘルパーさんの事業所を
2005年(平成17年)に開業しました。

奈良県指定 No.2970700304
介護支援専門員 登録番号29030286